2004年07月01日

積極的な消極性:何かを諦めて何かを得る

以前『積極的な消極性:「やらないこと」を決める』という話をしましたが、そこで「積極的な消極性」と表現したのは、その「やらないこと」を決めることによって「別のものを得る」ことができるという思いもありました。

ということで、一つ関連エピソードを。

会社に音楽のわかる後輩がいます。彼は少しドラムが叩けたり、ギターが弾けたりして、会社では私と音楽の話ができる数少ない人。好きなジャンルは基本的に違うのですが、ライブハウスや、大阪ブルーノートに時々連れだって行っています。

その後輩が、スタジオ入りましょう、ライブしましょう、とよく言ってくるのですが、今のところ私にその気はありません。ですので、先日、その誘いに私はこう答えました。

今は他にやるべきことが沢山あって、優先順位で言えばドラムは7番目ぐらいになるから今は難しいかな。

フォローしておくと、私はドラムがやりたくない訳ではなく、むしろできることなら積極的にやりたいと思っています。私のドラムの師匠がY社のドラム教室で教えているのですが、それを手伝ってほしいという話も未だに時々出てきます。チャンスも気持ちもあるのです。でも、最終目標達成のための優先順位から判断してドラムには手を出していません。

ここでドラムをやってしまうと目標達成が一歩遠のく、と私は考えています。

たしなみ程度にやるという考え方もあるとは思いますが、私はそういう中途半端なのは嫌いなので、やりません。

スタジオに入るための練習時間、移動時間、スタジオでの時間など、その数時間は、昨日の話と絡めて言えば、優先順位のより高い英語や財務の勉強に当てるのが賢いと考えます。

「そこまでしてどうするの?」という反応をする人もいるでしょうね。

今掲げている目標を達成するためには、「そこまでする」必要があり、また、同時に「そこまでして」達成する価値のある目標だと考えているからこそ、真剣に取り組めるのです。これは、目標に対する価値観の問題ですね。

例えば、

ダイエットは、甘いものをやめることで、スリムな体を手に入れる。
贅沢は避けて貯蓄をして、家を買う、車を買う、~を買う。

ダイエットする気も、家を買う気もない人には、なんでそこまでするの?となるでしょう。
目標についての価値観が共有出来なければ至極当然の反応だと思います。そういう人達の反応を気にする必要はありません。

後輩は怪訝な顔をしていましたが、時として、何かを得るためには、何かを諦める必要があり、その諦めるモノとタイミングが重要になってくるのだと思います。

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■「できる人」になるための一歩

  • 何かを諦めて、何かを得る。何も諦めずに、何でも得ようとするなかれ。

投稿者 thinkperson : 2004年07月01日 13:00 | 世界を広げる:トラックバック(0)


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